事実は小説よりも奇なりなのか

図書館で琉球王朝に関する本を借りて読んでみた。
面白い。
三山時代から琉球処分あたりの歴史だけれど、大好きな小説「テンペスト」が史実に結構基づいていたと知り、驚いた。
幕末の時代に、ペリーが浦賀より先に上陸したのも本当
琉球に通訳のできる者がいたのも本当
複数の外国語を操る医学博士の宣教師がいたのも本当
強大な外国戦艦の脅しに似た外交に、のらりくらりと時間稼ぎをしたのも本当だった。

まさに、事実は小説より面白い?
否、事実をベースにした小説は面白い。
天才的な役人が実は女性だったり。
かつての王朝の血筋であったり。
誕生した日には天空を龍が駆けたり。

テンペストのファンタジーに、これほどの史実が隠されていたとは、もう一度原作を読みたくなった。たぶん読まないけど。(老眼キツいし)
テンペストは舞台もかなり面白かったから、せめて、テレビ版の録画を一気に見返してみたくなった。たぶん、一気には見ないけど。(長いし、話重いし)
アムロちゃんの主題歌だけは、すぐに聴こう。

やらなあかん事

やる事が増えすぎると、何から手をつけたほうが良いのかわからなくなり、かえって手付かずになってしまっています。息子に指摘され、①取り急ぎやる事、②6月までにやる事、③やる事が決まっている事、④日々やる事、を全て書き出してみました。漫画を読んだり、小説を書いたりするような趣味も書き込んで、やらなければいけない事とやりたい事を明確に分けないほうが、結局、”やらなあかん事”がこなせると、アドバイスをくれます。

実は、年末に次いで2回目の書き出しで、書いたものの出来ていない事も残しているのですが、見てみると、書いた事の大部分が片付いており、なぜか趣味の部分にやり残しが目立ちました。
今回は、
急ぎは、開業準備に関すること
6月までは、HPの作成など
毎日は、三線の練習と体力作り
やる事が決まっていることは、物書きや掃除や保険の見直しや動画の作成など多種多様です。
おや?「ブエノチキンを食べる」って言うのも、決まってますね。

なり山あやぐな事故

はじめにお詫びと訂正です。沖縄の「なりやまあやぐ」を「慣れた山ほど油断して危険なんだよ」という意味で「慣り山危ぐ」と勝手に思い込んでいましたが、間違っていました。
ただ、色々ネット情報を見ても明快な和訳がないことから、時代や背景で多少の意味合いの違いがある様ですが、僕の解釈は的が外れていました。
そもそも、「あやぐ」とは「危ぐ」ではなく、宮古地方の歌謡を指す「綾言」らしいのです。聞き慣れない言葉ですが、歌謡という意味で教訓歌も多いと言います。アタマの「なりやま」ですが、「慣れた山」とも「馴れた山」とも捉えられています。歌詞を見ると女性から「馴れ馴れしい女には気をつけろ」とか「手慣れた馬でも手綱を緩めるな」とか出て来ますから、妻が夫にハニートラップを注意している様にも感じます。
琉球新報の記事では、「成り」と考えた筆者が「成功者を単純に羨むことなく、努力をしなさい」との捉え方が書かれていました。

そうすると、僕の解釈は的外れであったものの、大外れでもなかったのか!と、言い訳の余地は残りそうです。
慣れた車の作業で、ほんの不注意から物損事故を起こしてしまいました。
身体の不調は無いのですが、警察を呼んだり、保険会社と話をしたり、何より、被害の会社にお詫び申し上げたり、気分も車も凹んでしまいました。

本来の解釈とは違っていても、今更ながら「慣り山危ぐ」と身に染みました。

やりがちな事

沖縄好きが知られている職場で、「沖縄行くんですけど、どっか良いところありますか?」
なんて、軽く聞かれたら、聞いた人が引いてしまうくらい語ってしまう

沖縄で何がしたい?
観光?
マリンスポーツ?
食べ歩き?
琉球文化?
どこに何泊するの?
いや、これくらい聞かないと、君にとって「良いところ」がどこなのか、教えられないわ。

そんな僕の語りに興味を持った人には、もれなく、お手製のガイドまで作ってしまった。

僕は親切だけれどメンド臭い。

聞いたこともないホテル

パラパラと旅行ページを覗いていたら、沖縄にも聞いたことのないホテルが沢山できていた。リニューアルや外資で名前の変わったものもあるけれど、結構、新築されている。

案外、保守的で気に入ったホテルしか使わなかったからだ。

なんて、沖縄旅行前提の自分に驚く。

清明とシーミー

二十四節気の5番目に当たる「清明」に明日から入る様です、この時期は全てのものが清らかで生き生きしているとの意味を持ちます。ただ、花が咲き誇る気候の良さを感じる季節ではあるものの、内地では時候の意味合いの強い清明ですが、沖縄に行くと趣が異なります。

沖縄発音でシーミーと言われるこの頃は、神様やご先祖に一族でお参りします。よくTV番組などで、お墓の前にどんちゃん騒ぎが報じられますが、このシーミーの墓参りがほとんではないかと思います。僕らも何度か、意図せず来沖がシーミー時期に重なりましたが、高速ではシーミー渋滞が発生し、スーパーではシーミーコーナーが設置されており、内地との違いを実感できます。

聞いた話ですが、どんちゃん騒ぎには「飲み食いに苦労していませんよ」って先祖へ安心を届ける意味合いがあるとか、心配をかけないように親族が仲良く笑い合うなんて、素晴らしい伝統だと思います。大阪に出て来ても、親父がシーミー祭を続けていたのは「家庭円満」を一番願っていたのかと感じます。