嫌な感じを払う為に沖縄を想うと言う習慣

シャンプーの後、パンツを履く時に転けかけた。
上着を着た瞬間に膝に痛みがはしっ走った。
革靴を履くときに靴べらが折れた。
妻が言う。
階段踏み外しなや、何かと気をつけや、怪我しなや、落としなや、忘れなや。
立て続けに起こった事に、嫌な感じを覚えた妻が注意を促す。

定年旅行では、目を向けられなかった首里城に行ってみたいな。久しぶりに久高島に渡って、順を追ってキチンとお参りしたいな。
友達に前から教えられていた千日のぜんざいも食べたいな、昔馴染みの東食堂も訪ねてみたい。
ミヤギちゃんに教えてもらった浜屋のそばも食べたいし、我部祖河食堂にも行きたい。
観光地だと、ビオスの名案内は健在かな?マングローブを船から見てみたいな。

沖縄を想うだけで、運気が好転していくのがわかる。
ような、気がする沖縄好きアルアル。

おきなわ花と食のフェスティバルって?

毎年この時期に開催されている大きなイベントらしいのに全然知らなかった。はじまりは2006年だと言うから更に驚いです。
那覇の奥武島という事は沖宮のところですね。

[てぃだサンサン、食べたらがんじゅう]輝く太陽のもと、食べて元気になる県内産というコンセントらしいです。
過去のイベントの様子を見たら、島フードグランプリなんて、魅力的な企画もあって食の博覧会的なイメージですが、紹介されてる料理に、少し笑えて「イカ焼き」はイカとソーセージを炒めた写真でした。北谷の白ご飯にチキンを載せた「チキンライス」を思い出しましたね。

が、残念な事に昨年に続き今年もコロナで中止。
しかし、今年は公園開催を諦めただけで、オンライン開催するとの事。むしろ、県外のの沖縄好きにとっては朗報ですね。

明日29日から30日にオンライン開催ですって。色んな食の発見は、過去のフードグリンプリ商品を(僕が)知らなかった事からも明らかで、楽しみでしかありません。

あれ?でも二日間だけ?と思って、サイトを調べ直したら5月30日まで、ひと月ありました。
すみません。

ステイが叫ぼれるGWに花と食のフェスティバルに初参加できる楽しみができました。

斎場御嶽の写真を見せてもらったら

世界遺産になる前に行った斎場御嶽の記憶しかない僕だから、最近、行った人から写真を見せてもらって驚いた。
御嶽の入口にあった駐車場がない。入場料が必要になってるけど、その分、ガイドさんがいたり、管理がされている。

写真には、久高島を望む拝所に続く三庫裏の前に低い柵のようなものが写ってる。どうやら岩の下を通れなくしているようだった。

そう言えば、斎場御嶽にも落書きの被害があったと聞きます。県内の人が香炉を持ち去ったとも伝えられます。

最高位を指す御嶽でありながら、人の乱心を止める事はできないんだな、と。

御嶽の向こうに居られる神様も、観光地に成り下がった所から、多勢の願い事を聞かされるなんて、たまったもんじゃないでしょうね。

各地の神社もそうですが、畏怖し敬い神様として接するから、神様は神様たり得るんだと思います。

でも、変わり果てた斎場御嶽に無性に行きたくもなりました。

馴染みの店の話をRBCで見た

大正区にリトル沖縄と言われる商店街がある。スパムや沖ハムだけでなく、平御香やウチカビが手に入るのが良い。

中でも、沢志商店は品揃えもピカイチで、大抵のものは手に入るから、お盆の前には必ず行く事になる。
とは言え、自転車でいける距離には無いので、日々使いするわけにも行かず、年に何回と言うほどだから、一方的な馴染みの店だ。

そんなお店を琉球放送の番組で取り上げてくれたものだから、嬉しくもあるけれど、商店街のシャッターの閉まる平日が寂しくもある。

隣のコロッケも好きだ。スーパーではテビチを買う。コンビニですら、ミキやルートビアを置いている街。
週末に行ってみようか?不用ではないから、と、思いながら。

神様の指示と言われると悩ましい

『突然!頭の中で声がして、ナニナニをしなさいと、言われた。』なんて、セリフを聞いた時に多くの人の反応は、頭がおかしいのか!人のせいにしようとしてる、欲望を正当化してる、なんて思うでしょう。悪魔が囁いた、なんて事件もあったように思います。捕らえられた後に罪を免れようと、精神疾患を装っているとさえ勘ぐります。

同じくして、違う感想を持つ事件を沖縄のニュースで見つけました。
ひとつは、前にも紹介しました霊媒師による神の指示によって石棺を盗んだ事件。もう一つが斎場御嶽の香炉を盗んだ事件。どちらも、神様の声に従ったと言う弁明ですが、石棺も転売されず、香炉も壊されていない状態で見つかり、返却されたようですから、動機に悪戯的な匂いを感じません。どちらも、[リスクを犯してまで、盗んでも仕方のないもの]に映ってしまいます。

沖縄だけに、神の声が降りてくるのも理解できますし、声を聞いた方にすれば、人の世の法律など啓示に勝るはずもありません。日頃の鬱憤が聞こえたように勘違いさせる事もあるでしょうから、心の中の真実の解明は難しいです。

沖縄の事件を沖縄の人が裁くのも簡単でないような気がします。

シーミーの日に起こった事

昨日から、二十四節気の清明の期間に入りました。清らかで明るいこの時期は中国圏の文化を持つ沖縄では清明祭=シーミーとしてお墓参りをして、墓前で宴会を始めると言います。シーミーは2週に渡り神様とご先祖のそれぞれに祈りを捧げるとありましたが、家族の寄り合う都合もあり、ウチでは、清明入りから最初の日曜日に神棚と仏壇にお供えをします。

今年はオンラインも駆使して家族が集まり、沖縄の話や親戚の話をしていたその夜。
連絡先を告げずに留守電に連絡を乞うていた遠縁の方や、年末から急に連絡が入るようになった従姉妹から電話が来たりとシーミーの妙に驚きました。

神に祈り、ご先祖を供養する日に起こる不思議な縁に、何かが始まる予感しかしません。

単なる偶然だと、気楽に過ごせますけどね。