地車は曳くものか?見るものか?

岸和田で有名な地車ですが、今年はほとんどの地域の地車がコロナの影響で曳行が中止になったと聞きます。歴史を知ろうと、岸和田市のHPを見ますと、秋の五穀豊穣を祝う祭礼として、江戸時代に藩主が伏見稲荷神社を勧請した際に狂言などの芸事を行なったのが始まり。それから40年ほど経った頃に、小さな壇尻–このような表記も見られます–の上に、今で言うジオラマのようなものを乗せて曳き始めたのが徐々に大きくなり勇壮になり現在の形になったと伝えられます。ですから神事としては比較的新しいかもしれませんが、祭礼としては300年を誇る伝統行事と言えるでしょう。やりまわしという言葉が有名になるほど、地車と言えば泉州を思い浮かべますが、各地で古くから曳かれています。昔住んでいた生野区にも大きな地車がありました。

曳き方や装飾、掛け声にも各地で異なるようですが、同じくするのは宮入りです。時代とともに移り変わる祭礼の姿ですが、宮入りがフェスでない祭りを後世に伝えるのでしょう。

近年、若者の手によって活発に派手にする向きも見られるようですが、神霊を運ぶ神輿とは違い、人が乗る地車は衆生に見られ神に見られる事を目的としているようで、時代とともに派手になるのも問題ないのでしょう。
地車は、我と我の区分をなくし、我々の地域として一体となるのですよね?
曳いても、見ても、仲間と楽しむものなのでしょう。

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